
建築家の仕事は建築を設計することである。建築はそこを使う人のこれからの時間を支えるものである。 建築を設計することは、未来を設計することである。 設計する、つまり設計図面を描くということは、 未来のことだけを描いているのかというとそうでもないようである。 設計図面を描くということは、過去も含んで描いているように思う。 新築であればその建築が建つ場所が経た長い時間、 改修であればそこにある建築と過去の住み手の使い方や思い出のようなもの、 そういう過去、彼らの意思をすくいあげるように未来を描いている。 彼らの意思とは、つまり彼らの、こう生きたい、という思いである。 建築を設計することは、過去の人そしてこれから生きる人の意思を形にすることである。 時間を超えて交錯する彼らの、こう生きたい、という意思を形にすることである。 でも、今の私たちのまちや家を見てみると、そういう、意思、はほとんど感じることができなくなっている。 家が、こう生きたい、という意思から、できていないように見えるのである。 では何でできているように見えるかというと、機能と空間である。(機能はソフトともいうし、空間はハードともいう) 食べる、寝る、勉強する、テレビを観る、スマホを触る、これらはすべて機能である。 健康とか、掃除がしやすいとか、家事動線が単純化されているとか、 メンテナンスフリーであるとか、プライバシーが守られているとか、これらもすべて機能である。 空間はただただその機能を雨風から守っている。 家のバリエーションといえば、その機能と空間の配列の微妙な違いだけである。 住まいには機能と空間があれば十分である、ほとんどの人がそう思っている。 でも、本当にそうか。 機能と空間に加えて意思がなければ、人はただ、その時間を生きているだけになってしまうのではないか。 意思がなければ、人の営みは時間を超えて受け継がれていかない、 この数日、そういうことを考えている。 この、時間を超える意思、について考えると僕は、加藤さんが頭に浮かぶ。 加藤さんは、僕の20上の先輩であり友人でもある建築家である。 加藤さんと初めて会ったのは、10年くらい前、 彼が栃木市で「まちのみかた」というまち歩きイベントを開催したときである。 (僕はゲストスピーカーの一人として参加していた) 参加者各々まちを歩き、興味をもった部分を撮影して 皆に、なぜ興味を持ったのかをプレゼンテーションし合う企画だった。 その後、加藤さんと会うと話題になるのは、 彼がライフワークとして取り組んでいた古い住宅の数々の実測についてだった。 彼の事務所の壁には、どこかの古い建築物を実測した野帳が貼りつけてあって 見ると、フリーハンドの鉛筆で微細に描き込まれた線や寸法に加えて 小屋裏や床下などで付いたのだろうホコリで真っ黒になっている。 彼はその野帳のそこここを指さして、ここはいつ頃の改修の跡だとか、 この部材は他所から持ってきたはずだとか、そういう考察を熱心に教えてくれた。 まちのみかた、そして彼が取り組んだ一連の実測はまさに まちや建築物から、時間を超えた意思を発見する作業である。 声なき過去に目を向け、「みかた」や野帳を通じて彼は、過去の意思たちを発見していたのである。 彼が設計する新しい空間に共存する人懐こさと新しさは きっと過去の意思を引き受けて、現在の私たちに空間を通じて投影してくれるからである。 加藤さんに一度だけ、皮肉を言われたことがある。 カラー3色使いの、僕の実測野帳を見せたときのことである。 (僕は見やすい記録の仕方として線を黒、タテ寸法を赤、ヨコ寸法を緑で描いていた) 実測野帳は黒一色で描かないとね、黒一色でも、きちんと判読できるよう レイアウトしながら描くことも、良い実測の内だよと嫌味っぽく言うのである。 そのときは、見やすい方がいいじゃないかと内心思ったのだが 客観的に記録するように描くのではなく、記録者が主体になって経験するように描け、 そのくらい没頭しないと意思は発見できないという加藤さんの教えだったのではないか、と今思う。 加藤さんは、過去と未来を含んだ建築家を、まさに実践していたと思う。 加藤さんが亡くなったと知ったのは2020年12月20日の朝である。 そのときから、僕は加藤さんのことをずっと考えている。考えているだけではなくて、彼と話をしている。 彼と話すことができるのは、彼の意思を残された僕らが理念として受け取れるからである。 意思は時間を超えて理念として生き続ける、 彼の理念は、機能と空間を超えた、次の社会をつくるヒントをくれると思っている。 機能は作法に、空間は場になるはずである、そういうまだぼんやりとした感覚を、12月27日の彼は教えてくれた。