「衣食住」という言葉があります。 人間生活の3要素、もしくはそれらの関わり合いを表す言葉です。 日本では「衣」と「食」に比べて「住」の教養が極めて低い、と言われています。 これは、新興住宅地や旧市街を見れば明らかです。 家と家は互いに迫り合い、窓を開ければ隣の家の部屋が丸見え。 それぞれの趣味趣向の主張し合う表面的で一時的な安っぽい町並み。 以前ならば、周辺の家を考慮して窓をレイアウトしたり、後ろの家に影を落とさないように外壁の位置を調整することが当たり前のようでしたが、そのように周辺を考慮した家づくり、まちづくりはあまり見られません。 外車に乗ってこぎれいなかっこをしている人でも、住んでいる家が農村の景観を台無しにしている洋風瓦、外壁ピンクのおかしな家に住んでいる、というのは分かりやすいケースです。「住」の教養が著しく低い。 そしてこれが鹿沼の現状でもあります。 今日は、明治時代から続く木製材業を営むお宅の調査に行ってきました。 柱・梁にはヒノキ、戸にはケヤキ、天井板にマツ。 建築から80年以上建っていますが、それらの木目が醸し出す風合いと、力強さはとても美しいです。 「この家は商売で売りものにならない余り物を使って建てたんだよ」 とご主人はおっしゃっていましたが、とても余り物には見えない美しさ。 高い建築技術と手間をかけたからこそだと思います。 このお宅は現在、板塀を建てなおしている最中で、大工さんが作業をしていました。 作業もだいぶ進んでいる様子でしたが、そこにご主人が来て、 「こんな材料じゃあダメだよ。使える物と使えないものくらい分かるでしょう?」 と、大工さんに既に作業の終えた柱の材料についてご指摘されていました。 人様に見られる塀なのだから、もっとちゃんとした材料を選んで使ってよ、というのです。 ここに今の現在の人との意識の違いがあると思います。 このご主人は住宅、建物を人に見られる物として質の高いものにしようとしています。「自分の家なんだから好き勝手つくる」ではなくて、まちの一部として考えて、他人にも気持ちのよい建物にしようとしています。 みんながこういう考え方で家を建てたり、経済性優先で売られる建て売り住宅を買うことをもっと考え直して慎重になれば、もっと環境のよいまちになると思います。