
この頃は、自宅と事務所の行き来は15分くらいかけて歩いている. 自宅は山の上だから、坂を下り、中世山城のあった御殿山公園を通り役所の脇に出たら、 今宮神社の境内、彦寿司、例幣使街道を渡り掬翠園、上田町の十二社神社境内を抜けて間もなく事務所である. 別に考えてこのルートにしたわけではない、歩きやすい方へ行ったらこのルートになったという感じである. 歩きやすい、というのは、自動車があまり走らない道である. 学生の頃から好きでよく開く本だが、ゴードン・カレンの『都市の景観』がある.
「歩行者の道」というくだりがあってこうある、 「歩行者路のネットワークは、都市を結びつけて生き生きとしたパターンをつくり出す。それは階段、橋、
独特な路面のパターンなど、連続と接近を保証するあらゆる手段を用いて場所と場所を結びつけている.
交通路線は非人格的に通過していくが、粘り強く快活な歩行者路のネットワークは人間の都市をつくり上げる.
ネットワークはときに活発で外向的になり(中略)全体は緊密に連結されていなければならない」
歩行者のための道というのは、粘り強く快活に場所と場所を結びつけるのだという.
自宅と事務所を結ぶこの道は、両者とその中間にある空間、例えばあのお店やあの人のスタジオを
粘り強く結びつけ、まとまりのある一つの地域や界隈をつくってくれている.
同著の「囲い地」というくだりにはこうもある.
「囲い地の外側は非人格的なコミュニケーションの騒音と速度が支配している.
非人格的なコミュニケーションは通過するだけで、いかなる場所にも属していない」
「囲い地」というのは、先に書いた地域や界隈のことである.
「非人格的なコミュニケーション」というのは、自動車が走る道である.
地域や界隈の生活を豊かにするためにあるはずのその外側の交通が、
いまは地域や界隈の生活を窮屈にしている.この本はそう教えてくれている.
人と人を結ぶ物理的空間は「歩行者の道」である.
「歩行者の道」は一つの地域を人々が共有する助けとなる.
最近は、リモートで人と人を結ぶオンラインツールが盛んである.
「歩行者の道」が地域という物理的空間を共有するなら、オンラインツールが助ける共有物とは何か、
これは設計者としてよく考えないといけないところだと思う、これをずっと考えている、