
「利便性の向上のため道路を新設しています」 という看板を掲げる工事を至る所で目にします。 でも、この「利便性」という言葉の使われ方はしっくりこないものがあります。 道が新たにできることで、それまでの土地、まちが車道を挟んで2つに割れます。 徒歩であれば信号を待つことになりますし、横断歩道など、渡る箇所も限られます。 それまではなんなく歩いて行けた場所へ、なんなく行けなくなるのです。 つくられる道路が広ければ歩道橋が架けられるかもしれません。 これは一見、歩行者を車から守る健全な計画に思えるでしょう。 でも高齢者の人にとってみればどうでしょう。 「車を通りやすくするんだから、あなたたちは階段を上りなさい」 と言うわけです。 僅かな階段だって上れないお年寄りの方も多くいらっしゃいます。 そういう人たちに対しては、 「お金を払ってタクシーに乗りなさい」 とでも言うのでしょうか。 「車のおかげで旧市街のお店が衰弱し、 大きな駐車場のある郊外の大型ショッピングモールにお客を取られてしまう」 と言って、「旧市街の町おこしをどうしようか」と悩む面と、 当たり前のように道路をつくり続け、「町が発展した」と勘違いする面。 いろんな矛盾があるようです。