市街地の中心地、最後のところ


鹿沼旧市街の古い町並みの研究を初めて3年になります。 その間、地元住民の方々の暖かい歓迎のもと、たくさんの旧家にお邪魔しました。  その中に、足を踏み入れた瞬間、鳥肌が起つ建物がいくつかありました。 感動すると同時に、ずっとここにいたいなぁ、と立ちすくんでしまう建物。 そういう素晴らしい建築が、鹿沼には埋もれるように残っています。  そんな建物たち、今週から始まった道路拡幅に伴う敷地の半減によって、 国道沿いでたくさん壊されます。  車の利便性向上という一部の人たちの利益のために、 地元住人が何代にも渡って受け継いだ「生活の場」という一番根源の部分を 一方的に奪い去ってしまう行為が、当たり前にように行われています。  僕は相変わらず、そのな建物を一つでも多く写真と図面に残そうと、 毎日旧市街に出ていますが、そんな、今は誰も見向きもしない資料が、  「まちにとって、いつか必要になるときが来る」  と言ってくれた建築の先生の言葉を信じて、 明日も調査に行こうと思います。  ので、  見かけたら声をかけてください! 
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鹿沼 ぶっつけ 秋祭りも終わって


最近、鹿沼にたくさんの友人が訪れています。  先週は横浜の友人2人が鹿沼の自然、まちに感動していたし、 今週も同じ横浜のイラストレーターの卵が遊びにやってきた。 大学の研究室の仲間も秋祭りを見学にやってきた。  みんな、鹿沼はいいなぁ、と言う。  鹿沼という地方に住んでいる人と、 東京や横浜など、都会と呼ばれるところに住んでいる人の、 「良し」としている生活環境への考え方には大きな違いがある。  片方は都会を目指しているし、 もう片方は田舎に憧れている。 (もちろん全員じゃないけれど)  たくさんの人を地方に呼び込もうと、 貴重な田舎を都会に作り替える地方人がいる。  あ〜あ、結局ここもどこにでもあるつまらない町になっちゃった、 と、興味をなくす都会人がいる。  少なくとも、まだ僕の友人たちは今の鹿沼を魅力的に感じているようです。 
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職人の考え方


古い建物をよく観察してみると、  いったいどうやったんだろう、 どれほどのお金と手間ひまをかけたのだろう、  と、その質の高さにため息が出ることがよくあります。  戦後期までは、建設機械も十分にありません。 行程一つ一つに人間の手が、真剣に向き合う必要がありました。 その中で、職人たちは仕事の「質」に価値を見いだしていたのです。  そこでは、「お金が」とか「時間が」とか、 そういうことは議論にも上らなかったそうです。  そういうものが町からどんどん消えていって、 機械のまちになっていってしまったら、 それそれはつまらない。 
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下材木町 街道沿い


もう間もなく、道路拡幅に伴いたくさんの古い建物が姿を消します。 経済性・効率性については、本当に一流ですが、社会的・心理的魅力については本当に19世紀的です。  道路が広がって真っすぐに補正されれば、車はより速度を上げます。 歩行者はますます反対側に渡れなくなります。 そんなことは下横町の区画整理で既に分かったこと。  地方の住み心地は好きだけれど、こういう地方的な考えは本当に辛いし、悔しい。 
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坂上と坂下


上野台地上から西、旧市街を見下ろす。 上野台地の際と並行して道が走っていますが、そこから旧市街を眺めると、山々を含め、とても美しいです。特に夕暮れ時は。 この台地上の際に住宅を構える人たちは、本当に幸せだなぁ、といつも感じます。 鹿沼の花火大会なんて独り占めじゃないか。 
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なんでもあります、田舎には


「東京じゃあ、土を見つけることも難しいよね」  と、最近、東京から鹿沼へ移住をした方と話をしました。 都市部ではいろいろな意味での「自然」が少ない。  台風で電車が止まったときのニュースを見ていてもそれを感じます。 新宿駅からの帰る足を失った人たちを映す生中継。  「どうなってんだよう」  と、みんな、駅員さんに抗議をしています。  あれ? 台風の影響で電車が止まっているのに、 どうしてその怒りが台風じゃなくて、人に向けられているんだ?  田舎じゃあそんな考え方はしません。 台風が来て、その年の農作物が売り物にならないかもしれないとき。  「自然が相手だから仕方がないねぇ」  となります。 なんでも人のせいにできてしまう東京。 東京にはなんでもありそうで、実はなんにもないんじゃないか?  今日は叔父の農作業を手伝いました。 里芋の収穫。  鹿沼にはなんにもなさそうで、実はなんでもあるんじゃないか? 
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かぬま路地裏学会(仮)


学部の友人2人が主宰する安友製作所のウェブサイトにて、 かぬま建築アーカイブスを紹介してもらいました。  彼らは何者?!  彼らは譲り受けたTシャツなどの布から、 クマさんをつくっています。 色や柄や手触りも重さも違う素材から、 それらを活かしたクマさんづくり。 僕も何枚かTシャツを提供して、 そこからクマさんをつくってもらったのですが、 それがどこかの知らない人たちに渡って、 可愛がられると考えると、 とても豊かな気持ちになります。  小さな幸せ配達人・安友製作所をどうぞよろしく。  そんな彼ら、来週末に鹿沼に訪れます。 現在、鹿沼旧市街の探索会を計画中!  鹿沼にクマが行進する日も近い? 安友製作所ウェブサイト http://yasutomo-seisakujo.com  写真は粟野のどこかで見つけた農機具小屋 屋根が軽やかで、白鷺のように飛び立ちそう。 
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古賀志山 パラグライダーだー


陽気のいい日には、旧市街から遠方の古賀志山の空に望めます。 
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鹿沼のお手本? 塩竈市

鹿沼の旧市街は内町通りと田町通りの2通りを中心に町場が展開していますね。  「このような特徴をもつ鹿沼宿の起源については諸説ある。(中略) 江戸時代の幕府代官・大河内金兵衛の町割によるという説と、 戦国時代に壬生氏の重臣であった松島氏が彼の郷里の塩竈(宮城県塩竈市) を手本として町割をしたという説が残されている」 (『鹿沼の絵図・地図』鹿沼市史編さん委員会編 より引用しました)  どっちなんだいっ、ということで。  
行ってきました、宮城県塩竈市。 面白いこともいくつかありました。 結果は年度末の論文にて。  それにしても海の気持ちのよい場所です。 写真遠方に見えるのは、日本三景の一つ、松島です。 松島と、岩手県の平泉、仙台をぐるりと周遊してきました。 
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地元一体で子供のために建築を


鹿沼の市街から車で20分程、西の山間部へ入ったところにこの中学校があります。 現在は、周辺の中学校と統合され、閉校となった旧粟野町立粟野中学校です。 戦後の昭和24年建築の校舎。 先日、中を見学させていただける機会がありました。  片廊下型の平面は、当時、規格化されていたものだと思います。 片廊下はどうしても北側の廊下が暗くなる欠点があります。 しかしながら、地元産の杉、桧、 大工たちが子供のために建てた校舎からは、 ぬくもりある温かい空気を感じることができ、暗い印象などありません。  僕は小学校から大学まで、鉄筋コンクリートの校舎で過ごしてきました。 木造の校舎は体験したこともありません。 しかし、なぜだか、この校舎からは懐かしさを感じました。 それはきっと、人間にもとから備わった木への愛着のせいなのでは。  必要なのは、耐震性や丈夫さだけではなく、 子供のワクワクや身体性を考えた、人間味のある校舎だよ! と、校庭での老人方のゲートボールを見ながら思いました。 地元以外のゼネコンが建てるコンクリート校舎じゃあないよ。 
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周りより高い建物がもたらす不利益


周囲の家よりも高い建物を建てることは、家相では凶!とされています。  「昔は、身分によって住む地域が決められ、家の大きさも決められていました。(中略)だから、まわりより高い建物は、その制限を破ることであるとして不吉なものとしたのです。」  「周りより高い家は、まわりの家に、のぞかれているのではないか、という不安感や威圧感をあたえます。また、日かげになる家ができるなどの不利益・・・(略)」  「風当たりならぬ、人当たりが強くなることが考えられ・・・(略)」  清家清著『家相の科学』光文社 より 
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ただ今午後4時


頭だけじゃなくて、身体を使わないとダメだヨ、と養老先生が言っていました。  おばあちゃん、あと半分! 
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直線と曲線


人間社会には直線でテキパキが多いから、自然界の曲線でゆらゆらを見ると安心します。 『ポニョ』を観たときも、ゆらゆらばかりでとても和んだ。 
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商品じゃあない


ここは粟野の山奥深く。 山々に抱かれるように農家が点在していて、市街地とは異なる、静かで独立した集落が広がっています。  社会に流れる早い空気とは違って、ここの時間はゆっくり進みます。 だから、江戸時代の農家建築がところどころに残っているし、今でも当然のように使われ続けているようです。  テレビや雑誌の住宅ブームにも興味がなさそうです。 まさに「地面から生えてきた」ような建築たち。 世間の「商品として」の建築とは根本的に違う。 
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黒川のちから


学部時代の友人がはるばる横浜から遊びにきました。 彼らのお気に入りは黒川・府中橋の高架下です。  黒川を散歩するためだけに横浜から遊びにきてもいい、 と言っているくらい、黒川ののんびりした雰囲気を気に入った様子でした。 
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川で波乗り


鹿沼でピクニックするといったらここ、黒川の河川敷が最適です。  普段は穏やかに水の流れる黒川ですが、最近は大雨の影響で水量も多いです。 そこで発見した杉の木。  緩衝コンクリートの上に「とーん」と乗ってしまったようです。 それにしてもよくピタっと乗ったものです。  「まだまだ足りないゼ」 と言わんばかりに波乗りしているようです。 
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開口部


窓やドアがとても楽しげです。  あそこから入って、この灯りが点いて、そこが開いて、とか、 あそこは階段で、ここが寝室で、そこがトイレかな、とか。  一つ一つの開口部に意味というか物語があって、無駄がない。 こういう建物が通り沿いにたくさんあると、まちの表情が豊かになる。 きれいな生活感の家。 
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文化橋町にて


ものすごい体勢で眠る猫ちゃんを見つけた。 というより、見てしまった。それほど衝撃的な光景です。  きっとこういう体勢を「猫背」というんだ! 先人もこの衝撃的な体勢に思わず名前をつけてしまったのだ!  まるで酔っぱらった中年サラリーマンが駅の壁に寄りかかっていうようだ。 頭に巻かれたネクタイを想像しないわけにはいきません。  (ではなく、単にお腹を舐めているだけでした。) 
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古賀志町から古賀志山をみる


古賀志山は古くから山岳信仰のある山でした。 鹿沼のどこにいても眺めることのできる山。 
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上田町にて


植物の健気な雰囲気が侵入を拒んでいる。 
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今日も旧市街調査


路地の出口、通りを挟んで洋風下見の外壁に瓦屋根の乗った面白い医院が見えます。  ちょっと前までは、こんな風な、旧市街の要所要所にそれぞれ「クセ」のある「まちかど」っていうものがあって、近所の人たちの生活の目印になっていました。 それだけじゃなくて、その「クセ」は町並みにリズムを与えて、歩いていて楽しいし、それが深みとなって、町がぐっと魅力的になると思います。  最近の区画整理で道路が広がって、それに沿った商店・住宅が無味乾燥で味も素っ気もない状態と、旧市街のような「クセ」のある町並みは、ちょうどビジネスホテルとクラシックホテル、例えば日光金谷ホテルの関係に似ていると思いました。  さっぱりと、泊まった記憶さえ忘れてしまうホテルと、泊まること自体が目的になったり、更には長い間印象や思い出に残るホテル。  鹿沼の旧市街はビジネスホテルにはしたくないなぁ、と思います。 
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土地のちからで住宅の魅力が変わる例


西鹿沼町の緑豊かな住宅地から遠方の富士山を望む。 
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データより大切なこと


物事に関して感動するとき、言葉にはできないけれどなんか「イイ」「ビビッ」と感じることがあります。 僕は旧市街を歩いていてその「イイ」「ビビッ」をよく体験します。  今日もまちを歩いていて、麻苧町付近で遭遇しました。 何の変哲もない山の裾野の住宅地。曲がりくねる狭い路地に点々と住宅が接し、庭の樹木が顔をのぞかせます。  論理のないもの、言葉にできないこと、データ、数字に表れないこと。 それらは最近のまちづくり、その他いろいろな場面で排除される傾向にあります。  でも、それだったら監獄を設計するのと同じ。 人間の生活する場所くらい、言葉にならない、 なんだか分からないけれど「イイ」をもっと大切にしなくちゃ。  頭で考えるより、身体で感じなきゃいけない。 
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上から見るとよくわかる


ぽつ、ぽつ、ぽつ、と見える背の高い樹木や小さな緑地。 これみんな、旧家の庭やお稲荷さんの背後を守る御神木、社寺です。 まちをコンクリートが覆い尽くそうとしている中、 緑はまちに彩りを添えています。  この写真は石橋町交差点に建つ一際高いビルの屋上からの風景。 
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「ちらっ」リズム


道の途中で、ふと、路地の奥に神社の門がちらっとする。 まちの至る所にそんな視覚のアクセントを設けて、町並みに深みを与えるのは日本の都市デザインの常套手段です。 旧市街にはそんな「ちらっ」が散りばめられています。 それに比べてみると、近年つくられた町がいかに無味乾燥な表情かが分かります。 
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まちに水を


旧市街には城下・宿場時代の人々の生活を支えた水路のあとをいくつも見ることができます。 現在その殆どは枯れてしまっていますが、ちょっと注意深く見てみると、その計画された流路と使い方の様子をいぜん留めていることが分かります。 
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一つの家からそれぞれの家へ



写真は韓国の河回村(ハフェマウル)という集落。 500年前の住居が50棟ほど残っており、現在でも住み続けられています。 車もそれほど普及していないので道は砂利道で狭く、ほどよい間隔を保った住居を路地が繋いでいます。  ここは、村全体が一つの家のようです。 その名の通り、大きな川が村を迂回するように囲み、さらにその外側には山が連なります。 この包まれる感じが、村全体を一つの家にしてしまう。とても落ち着くのです。  普段、喫茶店で壁を背にした席や端っこの席を選んでしまうように、やっぱり人は囲まれていると安心するんです。(屋敷林もそのいい例です)  鹿沼旧市街も江戸時代には木戸があり、人の出入りを制限していました。山にも囲まれています。 きっと鹿沼にも「村全体が一つの家」時代があったのです。  その証拠が古い家のつくり。 どれも外から見透かすことのできる簡易なもので、内に閉じこもる家はありません。 それは町全体がみんなの家であったからで、セコムを入れて家を外的要因から厳重に守る必要などなかったのです。 
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のびのび


管理された屋上緑化よりも、 植物が侵攻していくような緑化の方がワクワクしますね。 
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コラボレーション


隣家同士がほどよい距離が、軒下のコケに面白い形を。 
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