
大学の研究室から中庭を見ているところです。 大学には広くて緑も多く気持ちのよい空地がたくさんあるのに、どうして有効に活用されていないのだろう、といつも考えています。 近所の園児や小学生の遊び場になったり、老人たちのおしゃべりの場になればどんなに有意義なことでしょう。 まちへの貢献度ナンバーワンをうたっていますが、もっと単純な貢献ができたらいいのに。 近所の小さな公園で狭そうに走り回る子供たちを見れば、どんなにこの空地が魅力的だろうかが分かりそうなのに。 このことは町の中にあるいろいろな施設についても言えると思います。 幼稚園、学校、公園、たくさん。 幼稚園、学校は子供を管理しやすいように大人が勝手に作り上げた場所だし、公園は法を満足させるための義務的な項目になっています。 子供にとってワクワクするのはきっとコンクリートの箱じゃないです。 いろいろな言い訳をして大人のやりやすいような社会にしているだけ。
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山に包まれるまち

鹿沼の遠方を囲む山々の様子。 夏の山は緑一色だけれど距離によって濃淡が違っていて、その眺めは水墨画のようです。 日々の湿度変化によって、毎日見える山もあれば稀にしか姿を現さない神々しい山もあり、その移り変わりを僕は楽しみにしています。 日光男体山はその「神々しい山」の代表例ですが、 「男体山が陰ると鹿沼は雨になる」 という昔から伝わるいわれがあることを町の古老から伺いました。 山というのは人間生活といろいろなところで結ばれていたのです。 鹿沼の集落ができたきっかけとも何らかの関係があるのかもしれません。
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一生の財産

車にばかり乗っていると様々な小さな変化にうとくなります。 道ばたに咲いている花や流れる小川、虫の鳴き声や空の色。 人と話すことや歩くこと、深呼吸すること、その他いろいろ。 消費社会のでっかい策略に操られて、新しい商品や飾られたものにしか目がいかなくなった人は寂しいと思います。 きっと小さな幸せに不感症になっている。 旧市街を歩いてみると、嘘みたいにたくさんの小さな幸せが隠れています。 僕の場合、歩いているだけで近所のおじさんに「やぁどうも」と挨拶をいただき、 「今日は寄っていかないの?」と麦茶を勧められます。 3年間でたくさんのお友達ができました。 車で通り過ぎていたら、こうはいかなかったろうなぁ。
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ブログ効果?!

昨日の記事で、調査中に話しかけてください、と書きました。 すると今日の調査中にご近所の方から声をかけていただきました。 その方は白髪の爽やかなおじいさま。 ニコニコされながらこちらに近づき、「何してるんですか?」 「この建物を調査させていただいてるんです」と答えると、 「この建物は古いものねぇ。論文でも書くんですか? 若いっていうのは素晴らしいことだねぇ」 やっぱり歓迎していただけるのはとても嬉しい。 もっとたくさんの方と話がしたいです。 ・・・でも、あのおじいさんはブログは読まないだろうなぁ。 写真は下田町の一画。
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もっとお話したいです

明日は一日、天神町の大通り沿いで調査しています。 見かけた方は話しかけてほしいです。
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どうしよう?!鹿沼って楽しい!

今日は久しぶりに旧市街へ調査に。暑い、焼けます。 蓬莱町と寺町の一軒一軒に伺い、生業などのお宅の歴史、戦前の水路の使い方や共同井戸を介したコミュニティなどの生活パターンなどをまとめていきます。 熱射病を心配し麦茶をご馳走してくださった松儀商店さん、暑い中ご苦労様と笑顔で歓迎してくださった徳原魚店さん、ありがとうございました。 次に道という道を歩き回って、企画整理に埋もれた当時の道構成を発掘します。 なぜ曲がってるか。 どこに向かうのか。 どんな原理の基に開削されたのか。 現在のような効率主義に近い道づくりとは異なる、 人間の生活と有機的に結びついた生活空間が鹿沼には生きています。
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季節の変わり目

夏の早朝は好きです。 空気がひんやりして、夜の虫がまだ鳴いています。 それにしても今日の空はいつもと違う。 古賀志山もよく見える。 梅雨、明けたかな?
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鹿沼で鹿に遭遇

久保町のとある商店(明治期建築)での調査中のこと。 石燈籠の彫り物に鹿が。 鹿沼で鹿。
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生活のコツ

たいへん身近なところにイラストレーターの卵がおりまして、つい先日、彼女の絵が雑誌の表紙を飾ることになりました。 イラストレーターという職業は一見、それぞれの趣味趣向の中で好き勝手に作品を描いているようにも思えますが、それはまったくの誤解で、誰も関心も示さないような有り触れたことに楽しげな意味を与えられるような感性がなくては勤まらないようです。 鹿沼のまち研究にも、先祖が日常に隠したちょっとした工夫を見つけられるようになりたいものです。 彼女の作品は下記雑誌の連載特集の中でもご覧になれます。 かまくら春秋社ウェブサイト http://www.kamashun.co.jp/fantaji.html
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建築家がいなかったころ

同じような姿の建物が双子のように並んでいます。 昭和の中頃までは、隣の家の姿を真似をして建てるということが常々行われていたようで、その様子を現在でも至る所で目にします。 現在とは対照的な光景です。 今、家づくりで良く言われるのは、個性やかっこよさ、自分の敷地の日照権などばかりで、周辺のまちのことはあまり考慮されていません。 これにはいわゆる「建築家」が登場したことも大きく、勝手気ままに建物を建てだし、それまで継承してきたまちの構造を破壊していったと言えます。 その結果が郊外の新興住宅地です。 そこには古くから築き上げられた都市デザインの原理などなく、効率性・経済性重視で個々が好き勝手に家を建てた集積ですから、無味乾燥でコミュニティも形成されない住まいになっているのは言うまでもありません。 過去の著名な建築家たちは、建物よりも、「まち」に目がいっていたように思います。よりよい住まいを考えるには、「まち」を理解する必要があると思います。
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風水

どこか迷信めいていて、科学的根拠などないようなイメージがありませんか。 「家のこの方角に黄色のものを置くと金運が上がる」 こういうことが本当の風水だと思っている人がほとんどではないでしょうか。 昔は空調設備や電気などもちろんありませんでしたので、 自然条件を十分に考慮して家を建てたのです。 家だけではありません。 実は、まちも風水を考えながら広がっていったのです。 山、川、道、平地、どの方角にあるかによって、 住処を拓いていった人は鹿沼を選びました。 “たまたま”鹿沼が今の場所ではないのです。 そのノウハウの積み重ねこそが本当の風水なのです。 今の多くの建物は、風水を十分に取り入れることはしません。 機械や電気に頼って、半強制的に環境に適応させるからです。 何百年と培ってきた風水の歴史。 その中には何百年分の人間の知恵が入っています。 大切にしなきゃいけないのは、本当はそういうものでは。
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外の人に日本を学ぶ

同じ研究室の学部4年生にバングラディシュからの留学生がいます。 彼は東京・京島、いわゆる木造住宅密集地での人々のコミュニティ、暮らし方に興味を持っていて、卒業論文でもこれをテーマにまとめるようです。 車スケールでない、人間的な生活のあり方に焦点を当てたいのだそうです。 日本の学生よりも日本のまちの有り様に問題意識を持っていて、とても刺激に。
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雲龍寺脇の路地
とある通りを入ったところ

奥に見える建物。 外壁が土壁。 旧市街において鉄板、モルタル、下見板の外壁を持つ建物は数多くあれど、土壁仕上げの民家はここだけかもしれない。 軒出といい反りといい、なんとも古めかしい空気がぷんぷんします。
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大きな大きな

この道の先、僅かに鳥居が見えます。 杉がこんもりしているところです。 ということは、この道は参道なのです。 その距離約600メートル。 神社は境内だけでなく、参道によって神聖性を盛り上げ、人を奥へ導くものですから、 当時の人たちはとても大きなスケールで空間を構築していったわけです。 現在では参道の横っ腹を幹線道路が貫き、参道は破断されてしまいました。
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長屋の屋根にデザインをみた!

路地裏の長屋に多く見るこの屋根の葺き方です。 これを菱葺き(ひしぶき)といいますが、文字通り菱形の連続が美しいです。 この葺き方の起源には諸説あり、 戦時中、国により鉄が回収される中で、屋根葺き材に困った人たちが、 一斗缶の底を使ったことが始まりだそうです。(地元大工さん談) 確かに寸法はそのくらいです。 現在はその意匠の良さから使用されるわけですが(あまり見かけませんが) これは工法的にも大変優れており、和風デザイン図鑑によりますと 鉄板の葺き方で一般的な「一文字葺き」よりも防水性が高く、 さらに少々の手間で防風性の向上も図れるそうです。 優れた機能性と意匠性を併せ持つ菱葺き、見つけてみてください。 ちなみに菱葺きの応用で、亀甲模様になる亀甲葺きもあります。
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杉と桧

日本には杉や桧のまとまって生育しているところがとても多いです。 それは両材とも鉛直に成長しますので、古くより良好な建築材料として好まれたからでしょう。 また、昔から、山や田畑を持つ家では、しばらくその土地を使用しないときには杉や桧を植える習慣があったようです。 杉や桧の根っこというのは、あまり地に浸食せず成長するので、また田畑に戻したいときには、比較的簡単にその樹を取り去ってしまえるのです。 雑木林にしてしまったのでは、樹木の浸食力が高く、一度根を張ったものはなかなか取り去れない、取り去ってもまた成長してしまう、ということになってしまうのです。 日本の山林風景は杉ばかりでつまらない、という言葉をよく耳にしますが、それには農家生活に関わる理由があったのです。
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洪水

宇都宮郊外の大型商業施設、インターパークに行ってみました。 週末ということもあり、ものすごい数の人、ヒト、ひと・・・ デパート、若者向け洋服店街、ゲームセンター、ホームセンター。 住所が「インターパーク○○丁目」というのは本当でしょうか 笑 なんでもあります。 ものすごい数の人が、ものすごい数のレジに並び、ものすごい数のものを買って行く。 ものすごい数のレジ袋が使われ、ものすごい数のゴミも生まれるんでしょう。 この光景を眺めているだけで、本当にどうかしちゃってるんじゃないかと思います。 それらは本当に必要なものなんでしょうか。 物価の上昇や簡単に「エコ」を叫ぶ前に、やらなきゃいけないことは山積みです。
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まちに住むこと

ここは町のど真ん中。 両側には隣家が建て込み、間口が狭く奥行きが長い、いわゆる「うなぎの寝床」な敷地です。 さぞかし住みづらい?・・・そうでもさそう。 隣家と樹木が敷地を切り取って、そこは住人だけの私的な空間。 外の喧騒が嘘のようにひっそりと静まり返り、聞こえるのは水路の音だけです。 最近では郊外の広い敷地に、つるっとした機械的な表情の建物が増えています。 その広い敷地と、この狭い敷地の空間の使い方を考えてみます。 人間の住むところってやっぱりこっちだよなぁ、と思う。
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現場が一番

鹿沼のまちの歴史を追っていくときに、もちろん、古い絵図や古写真、書物等を机に広げてもくもくと作業することが多いです。 ですが、これだけをやっているとつまらないですし、イライラもしてきます。 そういうときは旧市街に出て行って、直接住民の方に伺ってしまうのがいいです。 最近はそうやって一軒一軒のお宅を時間をかけて回っています。 商売は何を?水はどうやって得ていた?何年ぐらいの建物?大工さんは? こんなことはもちろん、中に招かれてお茶をいただくこともしばしば。 今日も回ってきました。 汗だくになりながらもやっぱり嬉しいのは 「また来てね」 この一言です。
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変わってないこともたくさん

日本人は、建物を壊したり手を加えたりすることに抵抗はないが、土地に手を加えることには抵抗がある、という話を聞きました。 だったら、建物じゃなく、もっと本質的で普遍的な要素で勝負だ!
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まちかどスナップ その6 鹿沼 今宮町

ハイカラの競演をお楽しみください。
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鹿沼 奈良部地区からの田園風景

奈良部地区からの景色は好きです。
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水神様

旧市街の至る所に、埋もれるよう隠れるようにして佇んでいます。 地元の方によると、ここは水神様が奉られているそうです。 町中には水路が廻らされ、それがどれほど欠かせないライフラインとなっていたのかを感じることが出来ます。
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「じらす」

全部が見えてしまわないで、樹木や塀のすき間から一部が顔を出している建物には、なにやら魅力的な何かを感じます。
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スズメさん トタンの上で何想う

蓬莱町の長屋の屋根で休むスズメさん。 けっこうイケますか、トタンも。
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奥行きのある住まい

鹿沼の古い住宅の入口の多くは、人がガヤガヤ通る道と接してつくるのではなく、門や前庭、路地、店部分などを一度介してから室内に入るようになっています。 そうしないと、騒音や知らない人の視線が室内に簡単に入ってしまい、落ち着きのない空間になってしまうからです。 心地いい住まいを得るためには、住宅そのものだけでなく、周辺のまちを巧みに利用することが必要なのです。 「日本家屋に入ると落ち着く」と感じる人が多いのは、このことも一因であると思います。 住宅メーカーの売る建売りの住宅なんかは、まちとは無関係につくられるものですから、周辺を利用した住まいづくりはされていないわけです。 そんな住居で落ち着けるわけがありません。
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水で繋がる人と人

日本人はもともと水耕民族でありますから、 生活には「水のある環境」が欠かせなかったわけです。 鹿沼も例外ではなく旧市街には水路が廻らされています。 一般的な商店や住宅の敷地にはそれぞれ水路が通され、 また井戸が掘られ、生活に利用していたのです。 ですが今日では、蛇口をひねればいくらでも水が出ますから、 おのずと水路も忘れられていきますが、 意識して町を歩けば、枯れたり蓋をされたりはしているものの、 その痕跡をはっきりと見ることが出来ます。 また、上流ではまだまだたくさんの水が流れる水路もあります。
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「住」について詳しかった時代

昔はどの家でも、ペンキ塗りなどの簡単な作業であれば自分でやったものです。 雨屋や物置なども難なく建ててのけてしまうのです。 今のお年寄りなんかは、その辺の建築学生より建物について詳しかったりします。 なんでも自分たちでやるのが当たり前だったのです。 そんなパワーのあるおじいさんを見つけました。 庇にのってペンキを塗っています。
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住宅とまち

住宅がその町に及ぼす影響はとても大きい気がします。 具体的に言えば、例えば、道路から家族の笑い声が聞こえてきたらそれはとても豊かな気持ちになりますし、灯りが漏れてくるだけでも人の気配を感じて安心することが出来ます。 人工的で無機質な表情を道側にさらしているところでは、歩く楽しみも減りますが、逆に、板塀の隙間から庭の緑や洗濯物がのぞいていると、まちの表情に深みが出ます。 たとえ古くて立派な建物が残っていなくても、それらが「町並み」となって町の個性を形作っていくんだと思います。 こういう風に考えると、町の表情は住宅によって決定されているところがあるのです。 住宅のあり方をもっと考えれば、町全体はもっと豊かになる気がします。
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